マインドスポーツオリンピック(MSO2000)参戦記

山下 宏
2000-09-28
1.MSOとコンピュータオリンピック
  2000年8月23日、第5回コンピュータ・オリンピックの将棋部門がロンドンの
北10Kmに位置するアレキサンドラ宮殿で行われた。

この大会の背景は少々ややこしい。

メインは今年で4回目となるMSO(Mind Sports Olympiad)という頭脳ゲームの大会で、
それに併設という形である。
MSO自体は非常に大きなイベントで、44種類のゲームを開催し63ヶ国以上からのべ
5000人を超える参加者が集まっていた。詳細はこちらを。
http://www.msoworld.com/

  コンピュータオリンピック(Computer Olympiad)は歴史は古く第1回は1989年にさ
かのぼる。創始者はDavid Levy。彼はチェスのインターナショナル・マスターで、
コンピュータチェスに深く関わってきた人である。1968年にコンピュータとの真剣
勝負(賭け)を始め、1989年にDeepBlueに敗れるまで勝ちつづけた。また多くのコ
ンピュータチェスの本を書き、日本で出版されている「コンピュータチェス(サイ
エンス社)」の著者でもある。
第1回から第4回まではイギリスのロンドンで毎年開催されたが(第3回はオランダの
マーストリヒト)その後スポンサーが見つからず、今年になってMSOの1イベントと
して復活したわけである。詳細はこちらを。
http://www.dcs.qmw.ac.uk/~olympiad/index.htm



会場のアレクサンドラ宮殿はロンドン市内が一望できる公園の高台に建つ巨大な
建物である。とにかく巨大で東京駅ぐらいの大きさがありそうだ。どうしてこう
イギリスの建物はみんな大きいのだろう?、おかげで入り口が分からず15分ほど
迷ってしまった。
名のとおり昔は宮殿だったらしいが現在は半分がアイススケート場、半分が展示場
になっており、その展示場に青のテーブルクロスを敷いたテーブルが200台ほど置か
れ、チェス、囲碁、など44種類のゲームが競技されていた。


会場の雰囲気。


オセロも。しかしよーく見ると・・・、10×10のオセロですね。


BOKU、という2抜き5目並べ。ただし、2つではなくどちらか1つだけを選んで抜き、
そこには直後には相手は打てない。黒い服の人はチャンピオンらしい。

2.コンピュータチェス
コンピュータオリンピックには当初15のゲームが予定されていたが参加者が あまり集まらず、実際に開催されたのは チェス(14)、囲碁(6)、アマゾン(6)、将棋(3)、Lines of Action(3)、Hex(3)、 Awari(2)、の7つであった(カッコ内は参加者の数)。 Awariの対戦を見守るカナダのアルバータ大のSchaeffer教授(左手前)。 Goemate(左)とGo4++の決勝戦。和気あいあいですねぇ。 この勝負を半目勝で制してGoemateが見事に10-0で全勝優勝しました。 チェスはコンピュータチェスの世界大会(World MicroComputer Chess Championship) も兼ねている。 チェスは21日から25日まで5日間、1日2局ずつ行われていた。 持時間は2時間で作者がお互いに盤を挟んで1手指すごとに対局時計を押しつつ棋譜 を手作業でつけていく。しかも持ち時間5分のBlitzという超早指戦(1日だけ別枠で 開催された)でも時間を計るのは機械ではなく人間なのだ。 何やら大変そうで強豪の1つであるFritzの作者に聞いてみると、コンピュータチェ スにも通信プロトコルはあるのだが我々はこうして座って自分たちで動かすのが好 きなんだ、と話してくれた。確かにコンピュータ将棋も終盤ノータイムの連続で一 瞬で終わる味気なさを思うと、こうして手作業で出来れば臨場感があっていいと思 う。時間があれば、だが。 プログラム的なことも少し尋ねてみると、 ・すべてアセンブラで書いている。 ・ソースコードのステップ数は?と聞くと多すぎて分からない、と。 ・P-3 1GHzで毎秒10万局面を探索するそうである(もう少し速かったかも)。 ・製作期間は10年。 ・名前の由来はソフト会社の人が覚えやすいし売れそうだから?名づけたらしい。 ・Fritzは来年カスパロフと対局するそうだ。 そして一番聞きたかったことを尋ねてみた。DeepBlueと今のFritzはどちらが強い のか?と。5年前の大会でDeepBlueはFritzに敗れている。 彼はあの勝利は定跡に依存した非常に幸運な勝利だった、ととても謙虚に答えて くれた。今の我々にはDeepBlueの強さを、1997年カスパロフを破った6試合の棋譜 からでしか推測することができない。しかし、はっきり言えることは戦術的には (駒の取り合いなど読みの力は)DeepBlueの方が上だろう、ということだった。 Fritzは最後の最後まで同率1位で勝っていたが、最後に0.5ポイント差で2位となっ てしまった(優勝は2年連続でShredder。BlitzではFritzが優勝している)。 Shredder(左)とFritzの対戦。 チェスの表彰式。左からDavid Levy、Shredderの作者、Fritzの作者、?、マーストリヒト大学の先生 3.参加費
どこの世界でもスポンサーを見つけるのは大変そうで、コンピュータの大会には 結局スポンサーが見つからず賞金なし。その分参加費も高かった。 参加費は プロ 500$ セミプロ 250$ アマチュア 100$ となぜか作者の素性により値段が違う。 私は将棋、囲碁、アマゾンと3つに参加し、将棋はプロ、他の2つはセミプロで 申請したので合計1000$(約11万円)にもなってしまった。高すぎる、という声 も多かったので次回からは値下げされるのを期待したい。 5.コンピュータ将棋
さて、そろそろ本題のコンピュータ将棋の話に入ろう。 とはいうものの、今回将棋の参加者はわずか3名で、40名を超えるCSA選手権と 比べると寂しいものがある。 参加者は YSS 山下 宏 Shoetst Jeff Rollason Tacos 静岡大 飯田研(橋本、梶原) の3チームである。 フィンランドのShockyも来ているかも、と期待したのだが。 そもそも実際に将棋部門の開催が決定したのは大会2週間前であった。つまり申込が 2名以上だったので開催した、というわけだ。 また参加はしなかったがロシアのオレガ・ステファノフ(Oleg Stepanov)さんが 将棋プログラムを持参してきていた。彼は将棋倶楽部24で米長9段と指したことも ある将棋指しでコンピュータ将棋を作り初めてわずか2週間だそうだ。大会翌日 Tacosと対戦させたら互角の勝負をしていた。来年の選手権には参加したい、と 話していたので楽しみである。 参加者が少ないため、総当りにしてもすぐに終わってしまう。 そこで総当り、かつ先後2局ずつ(1局ずつではない)で指す、という運営になった (これも大会当日に決定された)。 マシンは全て持ちこみで(運営が1万円ほどでレンタルの斡旋もしていた)私は Cereron433MHzのノートを持ちこんだ。 飯田さんの発案で2試合同時にしては?ということになりShotestのJeffが2台マシン を持ちこんできたので、YSSを1台にコピーしてYSS-Tacos、YSS-Shotestの2局を同時 に行った。なお、最初はTacosをJeffのマシンにコピーしようとしたのだが動かなか った。やはり同じWindows98とはいえ日本版と英語版では問題がありそうだ。 私は盤の表示に漢字のテキストを使っていたため、英語版では文字化けを起こして しまいまったく判別できない。Shotestの画面は画面で歩は"P"、飛車は"R"、という チェス式表示なのでこれも解読困難である。というわけでYSS-Shotest戦の最初の2局 はどういう局面で進行しているのか誰も分からない、という困った展開になった。 (3局目からはYSSの画面をローマ字表記にコンパイルしなおしたので少し楽になった) Tacosを操作する橋本さん。左手に包帯を巻いているのがJeffさん。 試合の結果は・・・、Tacosには相手が厳しかった、と思う。 という訳で以下はYSS-Shotest戦の解説である。 Shotestとの4局はどれも熱戦になった。特に1,2局目は251手、230手と長手数になり 最後はどちらもノータイムの叩き合いである。 そして3連勝で迎えた最後の4戦目、終盤になって図1。 --- 図1 --- 後手:YSS 10.152 後手の持駒:桂 歩  9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香v銀 ・ ・ ・ ・ ・ ・v飛|一 | ・v玉 ・ と ・ 銀 ・ 歩v香|二 |v歩v歩v歩 ・ ・ ・ ・ 桂 ・|三 | ・v銀v金 ・ ・ ・v歩 ・v歩|四 | 歩 ・ ・v歩 馬v歩 ・ ・ ・|五 | ・ ・ 歩 ・ 歩 ・ 歩 ・ 歩|六 | ・ 歩 ・ 歩 銀v金 ・ ・ ・|七 | ・ ・ 玉 金v金 ・ ・v杏 ・|八 | 香 桂 飛 桂 ・v角 ・ ・ ・|九 +---------------------------+ 先手:Shotest 先手の持駒:歩  手数=133 ▲2三桂打 まで 後手のYSSの飛車が殺されてしまった。しかしここから△5七金寄▲同桂△6六桂! が好手で▲同馬△6八金▲同玉△5八金▲7八玉△6六歩で馬を取れては逆転か。 --- 図2 --- 後手:YSS 10.152 後手の持駒:飛 銀 歩  9 8 7 6 5 4 3 2 1 +---------------------------+ |v香v銀 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 圭|一 | ・v玉 ・ と ・ 銀 ・ 歩v香|二 |v歩v歩v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・|三 | ・v銀v金 ・ ・v角v歩 ・v歩|四 | 歩 ・ ・ ・ ・v歩 ・ ・ ・|五 | ・ ・ 歩 玉 歩 ・ 歩 ・ 歩|六 | ・ 歩 ・ ・ 桂 ・ ・ ・ ・|七 | ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・v杏 ・|八 | 香 桂 ・ ・ ・v金 ・ ・ ・|九 +---------------------------+ 先手:Shotest 先手の持駒:飛 角 金二 桂 歩三  手数=150 △4四角打 まで お互いに飛車を取り合って図2。 詰めろがかかっているYSSは△4四角の王手で6二のと金を抜きにかかる。 ここでShotestは痛恨の▲5五角合。正着は▲5五歩合だろう。以下は15手の頓死で YSSの勝ちになった。 結果的にはこの将棋にも勝って4連勝となったが次にもう1局非公式に対戦させたら 負けたので4連勝は出来すぎだった。 結果、YSSは8-0で優勝。ShotestはTacosに全勝で4-4の2位となった。 6.Shotestの自動対戦
Shotestは海外の強いプログラムとして有名だが、同時に市販ソフト相手に自動的に 何局も対戦させ、勝率を上げてくる手法のエキスパートでもある。 彼のパソコンには東大将棋3とか柿木将棋4とかAI将棋2001とか最新のソフトの アイコンがデスクトップに並び、本家?の自動対戦の場面を見せてもらった。 話を聞くと、コンパイル用の #define のパラメータが1000個近くあり、その組み 合わせを自動で変更することにより個別のソフトごとの最高勝率バージョンをはじ き出すそうだ。個々の #define は特定の歩の並び具合を評価するか、といったも のらしい。 7.オリンピックといえば金メダル
シドニーでは高橋尚子選手の女子マラソン金メダルなどメダルの話が華やかだが この大会も、オリンピック、と名がつくだけあってメダルが出る。 将棋の翌日から2日間はアマゾンの大会があり、これには準優勝できた。 将棋の前に2日間行われていた囲碁では3位になったので将棋と合わせて金銀銅、 3つのメダルを揃えて幸せな気分で帰途に着くことができた。 来年もまたこの大会が開催されるかは不明だがCSA選手権とはまた毛色の違う大会で 面白いので機会があれば参加したいと思う。
全ての写真はMind Sports OlympiadのHPから転載させて頂いています。
第5回コンピュータオリンピック コンピュータ将棋部門 2000年8月23日 於:ロンドン YSS Sho Tac 勝敗 順位 YSS 4 4 8-0 1位 Shotest 0 4 4-4 2位 Tacos 0 0 0-8 3位
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