今年で14回目となる選手権。そして私は第2回から参加しているので今年で実に13回目の
参加となる。
もう一度、この優勝記を書けるとは思わなかった。
いや、書けるだろうか、というもやもやした気持ちのまま7年を過ごしてきた。
特に前回はかなりの自信があった状態でIS将棋に叩きのめされたので相当へこんだ。
神様はIS将棋が勝つことを望んでいるのかもしれない、などと信心深くさえなった。
そんなことをつらつら思いながらも風薫る5月、また選手権の季節はやってきた。
1.世界コンピュータ将棋選手権
第14回世界コンピュータ将棋選手権は2004年5月2,3,4日の3日間に渡って千葉県の木更津市の
「かずさアーク」にて開催された。1990年12月に第1回が開催され、以降毎年開催されて今年で
14回目にもなる(途中で1度年をまたいでいる)。
初日は一次予選で初参加の場合はここから参加。そして変形スイス式で7回を戦い上位8ソフトが2日目の
二次予選(シード16)へと進む。この8+16=24ソフトで変形スイス式9回戦を戦い上位5つまでに入ると
3日目の決勝(シート3、8チームの総当り)に残ることができる。若干参加数は減ってきているが
それでも今回は43チームが参加、日本はおろか世界でも参加人数的には最大のコンピュータの大会である
(チェスでもこれほどの人数が集まるのはない)。
2.一人合宿
ここ3年は花粉症から逃げる意味もあり、2月3月の選手権前は札幌に逃げ出して
Dualマシンとノートをマンスリーマンションに持ち込み、誘惑が少ない状況で
雑念を払って作成することにしている。もっともマンション自体はススキノのど真ん中、という
雑念の固まりみたいな場所にあったが。
このあたりはノートパソコン1台あればどこでも作業が出来るフリーの気楽さではある。
3.実行機種
去年から並列探索に対応したので、Dualマシン(CPUが2つ乗るマシン)を
買うだけで1.5倍ほど高速で計算できる環境が手に入るようになった。
これはSingleと同性能のDual対応のCPU、マザーが共に秋葉原でほぼ同時期に手に入るように
なったのが大きい。今年は4wayのマザー、CPUも手に入りそうだったのだが(Opteron848 x4)
4月中旬に注文してみたが、CPUの納期が4週間程度かかるそうで選手権には間に合わないので断念した。
結局Opteron248 x2(2.2GHz)を使うことに。直前にAthlon64 FX-53(2.4GHz)という少し速いSingle用CPUが
出たのだがDual環境の方が全体では速いためにこちらは見送った(直前までOpteron250が出ないか期待して
はいたのだが)。
毎年、値段の割には性能に見合わない最高スペックマシンを購入するのは無駄とは思いつつも
ライバルもそんなのを使ってくるので仕方が無い。こんなところで負けるわけには行かない。
それに無茶苦茶な性能のマシンを持ち込んで、もう何でもあり、という選手権の雰囲気も嫌いではない。
4.一次予選
私は初日の午後にはアクアラインを通ってホテルに到着し、さっそく会場へと向かった。
最後の7戦目を前にして注目のGPS将棋が5勝1敗で抜けを確定させていた。
GPS将棋の特徴は理論上の最大値、ぐらいまで探索速度を重視して作ってきている点である。
今のYSSはOpteron248のDualで合計40万〜50万局面/秒だが、GPSは1CPUでそれを抜いている感じだ。
ソースもOpenShogiLibとして公開されていて、かなりオープンなチームである。
ただC++のテンプレートを使いまくっていてかなり解読困難であり、参考にしにくいのが難点だが。
また東大生チーム、ということでIS、激指の流れを組んでいるのも怖い点ではある(年代まで同じ)。
ただ、今年は一次は抜けたものの二次のシードは取れず来年も一次からとなっていた。
話を聞いた感じでは評価関数がほとんど駒得だけ、だそうなので、この辺を修正されると
来年はかなりのところまで来るかもしれない。
5.二次予選
毎年激戦となる二次予選。今年は高みの見物である。
仮に優勝する力があってもここを全勝で抜けるのは難しく、
9回戦も戦うため、下位に1発、上位に2発喰らえばたちまち進出は厳しくなる。
この日は部屋で改良をするつもりだったがやはり結果が気になり何度も会場まで足を運んでは
参加者の悲喜こもごもを眺めていた。
6.番付の重み
今回ほどシード、つまりは番付が如実に現れた年も珍しいのではないだろうか?
決勝ではシードの3チームは揺るがず、二次予選では一次予選から上がった8チームのうち、
6チームは再び一次に叩き落されている。全体的に進歩した、というよりは突出して
強くなったチームがいなかった、ということなのであろう。
特に上位のKCCまでの4チームは4強として安定しつつある。まぁこんなことを書くと
翌年にはあっさり潰されたりするのであるが。
7.決勝前夜
決勝が近づくにつれて私は弱気になってきた。
毎年、挑戦者だ、なーにを負けることを恐れてるんだ、と自分に言い聞かせてみたものの
なかなか不安は去らない。睡眠不足と緊張で体力が落ちていたせいだろうか?
去年とはえらい違いである。
9月から11月は囲碁に専念したこともあり、昨年よりはかけた時間が少ないせいかもしれない。
それもあってか、決勝の前夜は気分が悪くなって2,3時間ほどうつらうつらしている間に
朝になってしまった。食欲もなく、そのまま会場へ。結局、昼になっても食欲はなく、
夜のパーティまで何も食べなかった。
8.決勝
数年前はともかく、現在の選手権の決勝には「ファイナリスト」としての価値があると思う。
初段程度では抜けられない一次予選があり、さらに鬼のように厳しい二次予選を勝ち上がって
来なければいけないのだから。
その「ファイナリスト」に2年ぶりに復帰したのが柿木将棋と金沢将棋、
やはり共に10年以上戦ってきた戦友としては彼ら古豪の復活はうれしかった。
第一試合はその金沢将棋とである。
第1試合 金沢将棋戦
勝った将棋の中ではこれが一番危ない将棋であった。
金沢将棋が定跡を外してきて開始早々13秒で下の局面に。
--- 図1 ---
後手:YSS 12.05
後手の持駒:なし
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂v銀v金 ・v金v銀v桂v香|一
| ・ ・v玉 ・ ・ ・v飛 ・ ・|二
|v歩v歩v歩v歩v歩v歩 ・v歩v歩|三
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|四
| ・ ・ ・ ・v角 ・ ・ ・ ・|五
| 歩 ・ 歩 歩 ・ ・ 歩 ・ ・|六
| ・ 歩 角 ・ 歩 歩 ・ 歩 歩|七
| ・ ・ 玉 ・ ・ ・ ・ 飛 ・|八
| 香 桂 銀 金 ・ 金 銀 桂 香|九
+---------------------------+
先手:Kanazazwa
先手の持駒:歩
手数=14 △5五角 まで
YSSが3間飛車から飛車先を突き捨てて角をのぞいた局面。ここで金沢将棋が▲88玉とあっさり飛車を
見捨てたので序盤早々飛角交換となった。
これは序盤は飛車よりも角、という評価が入っていたせいだろうか?
--- 図2 ---
後手:YSS 12.05
後手の持駒:角 歩
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂v銀v金 ・ ・ ・ ・v香|一
| ・ ・ ・v玉v銀v金 ・ ・ ・|二
|v歩v歩v歩v歩v歩v歩v桂v歩v歩|三
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|四
| 歩 ・ ・ 歩 ・ ・v歩 ・ ・|五
| ・ 歩 歩 ・ ・ 歩 ・ 歩 ・|六
| ・ ・ 金 ・ 角 ・ ・ ・ 歩|七
| ・ 玉 ・ 金 ・ 銀 ・ 飛 ・|八
| 香 桂 銀 ・ ・v龍 歩 桂 香|九
+---------------------------+
先手:Kanazazwa
先手の持駒:なし
手数=65 ▲2六歩 まで
その後、敵陣に龍を作ったが封じ込められ、じっと▲26歩と伸ばされた上の局面では▲24歩を受ける
適当な受けがない。この直前、YSSは72の王を△62玉と戻したりしている。これは龍が出来てるので
終盤だと判断して金銀の近い方に寄ってしまったせいである。この辺りの評価関数は相変わらず甘い。
--- 図3 ---
後手:YSS 12.05
後手の持駒:角 銀 桂 香 歩三
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・v銀 ・ ・v銀 ・ 龍|一
| ・ ・v玉 ・ ・ ・v金v歩 飛|二
|v歩v歩v歩 歩v歩 ・ ・ ・v歩|三
| ・ ・ ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・|四
| 歩 ・ ・ ・ ・ ・v歩 ・ ・|五
| ・ 歩 歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・|六
| ・ ・ 金 ・ ・ ・ ・ ・ 歩|七
| ・ ・ ・ 金 銀 ・ ・v角 ・|八
| 香 桂 玉 ・ ・ ・ 歩 桂 香|九
+---------------------------+
先手:Kanazazwa
先手の持駒:金 歩
手数=106 △6一同銀 まで
そして2枚飛車で攻められて図3。ここでは金沢将棋に決め手があった。
▲22飛成!がそれでYSSは△同金(△同銀は▲61龍で詰)▲31龍に△21飛で受かる、と読んでいたが
以下▲21同竜△同金に▲52銀!としびれる1手があり終わっている。(これはYSSが見つけた)
本譜は▲13飛成で、△52銀打と一枚埋めることが出来て、以下怪しいところはあったものの
最後は鮮やかに必死をかけて勝ちきった。
第2試合 柿木将棋戦
実にこれが王者戦と合わせると16回目の対戦である。対戦成績はYSSの8勝7敗と互角。
今回は全局振飛車で行くつもりだったのだが、手番は貴重な先手。
柿木の穴熊には勝ちにくい、という以前のデータがあったこともあり3手目角交換で行くことにした。
わざわざ対戦前に「3手目角交換をしますから」と柿木さんにプレッシャーを与える。
で、ご丁寧にコンパイルしなおして3手目▲33角不成、までデモストレーション、
こうしておけば柿木さんはおそらく2手目△84歩に違いない、と思っていたが、読み筋どおり
△84歩と矢倉の定跡に進んだ。心理戦で少しポイントゲットである。
作者の動揺がプログラムにも伝わったのか、柿木将棋は62手目△45飛、と変なところに飛車を振る。
--- 図4 ---
後手:Kakinoki
後手の持駒:金 銀
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v玉 ・v桂v香|一
| ・ ・ ・ ・ ・ ・v金v角 ・|二
|v桂 銀v歩v歩v銀v金 ・v歩 ・|三
|v歩 ・ ・ ・v歩v歩 ・ ・ ・|四
| ・ ・ 銀 ・ ・ ・ 歩 ・v歩|五
| 歩 ・ 歩 ・ 歩 ・v歩 ・ ・|六
| ・ 歩 桂 歩 ・ 歩 桂 ・ 歩|七
| ・ ・ 金 ・ ・ 飛 ・ ・ ・|八
| 香 ・ 角 玉 ・ ・ ・ ・ 香|九
+---------------------------+
先手:YSS 12.05
先手の持駒:飛 歩二
手数=78 △3六歩打 まで
図4はその飛車を追い回して82の地点で仕留めた後の△36歩。45の飛車取りに跳ねた桂頭を狙われた。
しかし、これはYSSの読み筋。
ここから▲46角△37歩成▲81飛△42玉に▲73角成が詰めろ!で以下△33玉に▲37馬と、と金を馬で
払うことが出来てはっきり優勢になった。
最後、入玉されそうにもなったが、きっちり必死をかけて仕留めた。
もっとも、今回、持将棋はちゃんと対策をたてていたので相入玉になった場合でも点数勝負で勝てる
自信はあった。まず、長手数指せるために残り90秒から1秒将棋(実際は1.8秒将棋)になるようにした。
残り40秒とかだと250手程度で時間が切れる可能性があり少なすぎる。最低でも330手程度は指せないと
勝ちにくい。また1秒将棋になると自動的にデバッグ用の情報Windowを閉じるようにしてあった(表示
していると1割以上遅くなる)。次に相入玉の場合は敵陣の3段目以内に小駒と大駒が入りやすいように
ボーナス(+50点と+150点)を与えている。こうすることにより、敵陣に駒が10枚以上、合計28点という
条件をクリアしてちゃんと「%KACHI」と、持将棋勝ちを宣言できるようになった。練習将棋では2%ぐらい
の将棋が持将棋模様になるようである。
逆に言うと、ちゃんと思考時間のコントロール+持将棋判定を入れるなら時間切れ負けはまずなくなると思う。
第3試合 永世名人戦。
作者の吉村氏とはよくメールで情報交換をしていたので
永世名人にはAI将棋が勝ちやすい、などの事前情報は伝わっていた。
とはいっても氏はかなりの策士なので、本番では怖いところである。
永世名人のマシンはおそらく選手権初の水冷マシン。クロックアップをするため、とのことだが
やはり不安定になるそうで実際は定格で動かされていたそうだ。また横にするとちゃんと冷却されない、
とかでまだ水冷にはいろいろ技術的な問題がありそうである。
将棋は相穴熊というギャラリーが去る展開となり、やや有利の分れからYSSが成桂を2枚も作って下図。
--- 図5 ---
後手:YSS 12.05
後手の持駒:金 歩四
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v玉v桂 ・v金v角 ・ ・ 龍 ・|一
|v香v銀 ・ ・v金 ・ と ・ ・|二
|v歩v歩v歩 ・v歩v歩 歩 ・ ・|三
| ・ ・ ・ ・v銀 ・ ・ ・ 歩|四
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・v歩 ・|五
| ・ ・ 歩 ・ 歩 ・ ・ ・ ・|六
| 歩 歩 銀 馬 ・ ・ ・ ・ ・|七
| 香 銀 金 歩v圭 ・ ・v龍 ・|八
| 玉 桂 ・v圭 ・ ・ ・ ・ ・|九
+---------------------------+
先手:Eisei
先手の持駒:香二
手数=102 △5一角 まで
ここからの永世の▲42と△同金に▲62香!が好手。しかし以下△同角▲61龍△71金▲31龍△52金▲41龍に
金を見捨てて△63香と打ってからは勝ちになったようである。
第4試合 KCC将棋戦
今回、ホテルには過去最多のPC5台(デスクトップ4台+ノート1台)を持ち込んだ。
実際は4台にしようか迷っていたのだが(そりゃ、あなた1台でも十分重いですからねぇ)
事前に棚瀬氏の日記に”5台持ち込む予定、云々”と書いてあり、あっさり5台に決まった。
(もっとも後日の氏の自戦記を読むと6台だったようである。知らないで良かった)
1台が大会用のOpteron Dualマシンで、もう1台は、それと対戦する市販ソフト(東大将棋6)のために。
残りの2台で選手権と同じ条件で激指3、銀星将棋4(KCC)と連続自動対戦をさせていた。
3台がDualマシンなのでホテルの電源が落ちないかヒヤヒヤしたが。
で、負けた将棋を分析したり、勝ちやすい戦型のデータを取得するのだが、
実際のところ、バグを修正したのは序盤の微妙な駒組みを直しただけに過ぎない。
このホテルで修正したのは、
12.04 2004/05/02 左美濃で敵角を避けて△21玉。持駒が増える千日手を歓迎。
12.05 2004/05/04 左美濃で米長玉に。△73角と上がれない場合は△51角は引かない。3間飛車では32銀と上がらない。
振飛車で次に歩交換が狙える場所は+。石田流の定跡を削除。
たったこれだけである。
要はこんなにたくさんのマシンを毎年持ち込んではいるものの、あまり役にはたたず精神安定剤程度の
役割しか果たしていない。他にはホテルの清掃スタッフへの嫌がらせ、という役目ぐらいか。
とはいえ、直前にエラーで落ちることも前回はあったのでまったくの無駄、というわけでもない。
一種の保険である。さらには熱暴走しないように、と扇風機も自前で持ち込んでいた。ここが会場で
慌てて借りたISチームとの差である。
そしてこの保険をかけてなかったチームの悲劇がこの対局で起こった。
--- 図5 ---
後手:YSS 12.05
後手の持駒:歩
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・v金 ・ ・ ・v桂v香|一
| ・v玉v銀 ・ ・v飛 ・ ・ ・|二
| ・ ・v桂v金v銀 ・v角v歩v歩|三
|v歩 ・v歩 ・v歩 ・v歩 ・ ・|四
| ・v歩 ・v歩 ・ ・ ・ 歩 ・|五
| 歩 ・ 歩 歩 歩v歩 歩 ・ 歩|六
| ・ 歩 角 金 銀 ・ 桂 ・ ・|七
| 香 銀 ・ ・ ・ 飛 ・ ・ ・|八
| 玉 桂 金 ・ ・ ・ ・ ・ 香|九
+---------------------------+
先手:KCC
先手の持駒:なし
手数=46 △4六同歩 まで
わずか46手目、お互いに定跡が終わり、さぁ開戦とこの局面で会場の雰囲気がざわめいた。
前のスクリーンを見るとKCCの将棋盤の上にプログラム開発者なら必ず見たことがある
一般保護例外、のエラーダイアログが出ている(このプログラムは不正な処理をしましたので・・・という
例のやつである)。開発中なら、あちゃー、やっぱりか。早めに見つかってラッキー、と思うのだが今は
本番、しかも大勢のギャラリーに注目されている壇上のスクリーン上。
KCCの画面を見るとYSSの指し手は受信しているようだ。そして時間の表示も別スレッドなのかちゃんと動いている。
少し状況確認があった後、審判は無情にもエラーによるYSSの勝ちを宣言してしまった。
勝ったことはうれしいが、やはりというか当然すっきりしない。
第一、この本番でそんなエラーが発生することなどあり得ない、という思いが自分にはあった。
事実、決勝リーグでエラーが発生したのは初めてのはずである。
相手のKCCにしてもおそらく1000局かそこらはライバルソフト相手に対戦させて
安定性を確かめているはずなのでソフトのエラーとは考えにくい。
前日に代理操作の山本さんから、マシンが少し不安定(テキスト画面表示が異常に遅い)という
話を聞いていたので、おそらくハード上の問題で落ちたような気がする。
ただ、これももし作者の安敬男(アンギョンナム)氏が前日から会場に入り調整していれば
エラーは起こらなかったような気がするのである。
連日のマスコミ報道の影響もあって、私も北朝鮮に対して先入観がないとは言えない一人だが、
政治上の情勢で自分の努力の晴れ舞台を自分の目で観戦できない氏の無念さを思うとやりきれない。
KCCには次回も是非とも決勝に上がってきて欲しい。
タラレバの話をしても仕方のないことは分かっているのだが、気になったので
仮にYSSがKCCに負けた場合の順位を計算してみた。
その場合、YSS、激指、KCCが5-2で並び、その3つは三つ巴の形でお互いに星を潰しあっている。
負けたもう一つの星を考えると、唯一2番目に強い4-3のISに負けているYSSがSBで負けて3位。
激指、KCCは永世、柿木に負けだが双方3勝なのでSBは同一。
結局、MDも一緒で直接対決(DH)で勝っている激指が優勝、ということになる。
どのみちKCCは優勝できなかった、ということが分かり少しほっとした。
第5試合 TACOS戦
5戦目は今回初めて決勝に来たTacos、
今大会の最大の目玉はYSSの優勝ではなくTacosの進出かもしれない。
しかし、将棋は定跡から少し進んだところであっという間にYSSの優勢になり
勝負どころもないまま終わってしまった。
局面がないのも寂しいので一応あげてみる。
下図は後手Tacosの穴熊に先手のYSSが▲55歩と仕掛けたところ。後手の角銀が悪形なので
ここでもうすでにYSSが優勢だと思う。
--- 図6 ---
後手:Tacos
後手の持駒:なし
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・ ・ ・ ・v金v桂v玉|一
| ・v飛 ・ ・ ・ ・ ・v銀v香|二
| ・ ・v歩v歩v銀 ・v金v歩v歩|三
|v歩v歩 ・ ・v歩v角v歩 ・ ・|四
| ・ ・ ・ 歩 歩v歩 ・ ・ 歩|五
| ・ ・ 飛 銀 ・ ・ ・ ・ ・|六
| 歩 歩 角 ・ ・ 歩 歩 歩 ・|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ 銀 玉 ・|八
| 香 桂 ・ ・ ・ 金 ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:YSS 12.05
先手の持駒:歩
手数=45 ▲5五歩 まで
コンピュータは序盤の展開により一方的な将棋になってしまうことがよくある。
実力差があれば多少は持ちこたえるのだが。
これは序中盤の構想力が欠如していて終盤力だけ異常に強いせいもあるのだろう。
それはさておき今回、一番感動したのは二次予選でTacosが金沢将棋に勝って、ほぼ決勝への切符を手中にした時の
橋本さんの表情である。永世コンピュータ将棋選手権者を倒しての決勝行き、
表面的には単なる1勝だが、彼は勝てる確信があり、それを実証した思いがそこには現れていた。
ちょっと言葉ではどう書いても陳腐になってしまう。そのくらいジンとくるものがあった。
正直、まだ実力はTOPレベルには及ばないが、このペースで来ると来年は真の強敵となりそうである。
また、ぜひ強敵となってシードを倒して欲しいと思う。新しい風が来ないと全体的な進歩もないだろうから。
第6試合 激指戦
6試合目。ここまで5連勝と単独トップだが、ここから前回シードと潰しあう。
既にISが2敗と転んでいることもあり、4-1の激指とのこの一戦が事実上の優勝決定戦となった。
私の予想はISには勝っても激指には負けるかも、というものだった。
しかも今回、3年ぶりに激指は並列化に対応してきており、話を聞くとCPUだけでなく
OSもLinuxの64bit版を採用されているらしい。激指の横山氏の話によればポインタが64bitになって
ポインタを多用する激指には向いてないと思われたが、レジスタが増えたことにより
全体としては4%以上の高速化となったそうである。後日、同じく64bitOSのLinuxを使われていた
GPS将棋の金子さんも32bitと比べて速い、と話されていたので、来年は64bitOSとできれば4wayのOpteronで
参戦したいと考えている。もっとも激指は4wayの環境では2倍程度の高速化だったそうで、
恐らくYSSも2.0〜2.2倍程度の高速化にしかならないとは思うのだが(それでも2倍は大きい)。
なおYSSの場合、2CPUにした場合の勝率は1CPUに対して0.58程度で、実際に2倍速いマシンを使った場合の
0.67と比較すると実質1.5倍程度の高速化にしかなっていないようである。
練習将棋では振飛車にした場合の勝率は8割近くあったのだがいかんせん激指3はOpteron248では
ほとんど思考時間を使わない(YSSが20分使うのに対して3分程度)。
それでいて、負けるときはあっさりころっと負かされるので、ちゃんと時間を使われた場合は
かなり分が悪くなる予感がしていた。
ちなみに市販ソフトとの勝率は負けた将棋の欠点を直していけば自然と上がっていくので
勝率以上に力の差はない、というのが実情である。
(その気になれば入っている定跡全部に勝つ手順さえ入れてしまえば全部勝てるのだから)
これも一種の気休めとは言える。とはいえ、やらないよりはやった方がいいのは確実だが。
将棋は14手目に激指が定跡をすぐに外してきて△44角と変なところに上がる。
対してYSSも17手目に▲58金右。左ではない。
--- 図7 ---
後手:Gekisashi
後手の持駒:なし
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・v金 ・v金v銀v桂v香|一
| ・v飛 ・v銀 ・ ・v玉 ・ ・|二
|v歩 ・v歩v歩v歩v歩 ・v歩 ・|三
| ・ ・ ・ ・ ・v角v歩 ・v歩|四
| ・v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 歩 ・ ・ ・ ・ ・|六
| 歩 歩 角 ・ 歩 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ 飛 ・ 金 ・ ・ 玉 香|八
| 香 桂 銀 金 ・ ・ 銀 桂 ・|九
+---------------------------+
先手:YSS 12.05
先手の持駒:なし
手数=17 ▲5八金右 まで
ここでの読み筋は下のとおり
#▲58金(49)△52金▲19王△42金▲48金△22銀▲38金△33銀▲59金△22王▲68銀△PASS
つまり読みの中で穴熊に潜って金を48、38と寄せてくる順を読んでいるため
すぐに▲38金と上がらなくても大差ない、と思ってるのである。
深く読んでいるがゆえの弊害だが、上手い解決方法を思いつかない。
結局YSSの振穴 対 激指の左美濃という戦型になった。
さらにはあっという間に飛車角を取り合う派手な分かれに。これはYSSがやや指しやすい。
そして最大の勝負どころは開始早々5分で訪れた。
--- 図8 ---
後手:Gekisashi
後手の持駒:香 歩二
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・ ・v金 ・v桂v香|一
| ・ 龍 ・v銀v金 ・v銀v玉 ・|二
|v歩 ・ とv歩 ・ ・ ・v歩 ・|三
| ・v角 ・ ・v歩v歩v歩 ・ ・|四
| ・ ・ ・v桂 ・ ・ ・ ・v歩|五
| ・ ・ ・v馬 歩 銀 ・ ・ ・|六
| 歩 ・ ・ ・ ・ 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ ・ 銀 香|八
| ・ 桂 ・ ・ ・ ・ 金 桂 玉|九
+---------------------------+
先手:YSS 12.05
先手の持駒:飛 歩二
手数=48 △8四角打 まで
後手の激指が2枚換と「と金」の両取りを狙って△84角と打った局面である。
何はともあれ有利を自認する先手は▲84龍△同馬▲62と、と進めるべきであろう。
もし、この変化を選ばずに▲62と、と突っ込む変化に行くならば、その後の詰めろが
続くか、続かないか、といった0,1の探索をものすごく深く読む必要がある。
この変化は40秒で選んでいるが、5分ほど考えて読んでもおかしくない所である。
そして選んだ手は▲62と。以下△39馬▲同銀△39角成▲28銀、と進み、寄れば勝ち、
切れれば負け、と一瞬で決まる展開となってしまった。
--- 図9 ---
後手:Gekisashi
後手の持駒:金 銀 香 歩
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v歩 ・ ・ ・v金 ・v桂v香|一
| ・ 龍 ・ とv金 ・v銀v玉 ・|二
|v歩 ・ ・v歩 ・ ・ ・v歩 ・|三
| ・ ・ ・ ・v歩v歩v歩 ・ ・|四
| ・ ・ ・v桂 ・ ・ ・ ・v歩|五
| ・ ・ ・ ・ 歩 銀 ・ ・ ・|六
| 歩 ・ ・ ・ ・ 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ ・ 角 香|八
| ・ 桂 ・ ・ ・ ・v全 桂 玉|九
+---------------------------+
先手:YSS 12.05
先手の持駒:飛 角 歩二
手数=58 △8一歩打 まで
対局中はここでの激指の△81歩が地平線っぽい手で、しかも▲同龍だと次の▲52と、が▲31角からの
詰めろになっていそうな気がしたのだが、そうでも(詰めろでは)なかったようだ。
--- 図10 ---
後手:Gekisashi
後手の持駒:角 金 歩
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 龍 ・ ・ ・v金 ・v桂v香|一
| ・ ・ ・ とv金 ・v銀v玉 ・|二
|v歩 ・ ・v歩 ・ ・ ・v歩 ・|三
| ・ ・ ・ ・v歩v歩v歩v香 ・|四
| ・ ・ ・v桂 ・ ・ ・ ・v歩|五
| ・ ・ ・ ・ 歩 銀 銀 ・ ・|六
| 歩 ・ ・ ・ ・ 歩 歩 歩 歩|七
| ・ ・ ・ ・ 金 ・ 飛 ・ 香|八
| ・ 桂 ・ ・ ・ ・v銀 桂 玉|九
+---------------------------+
先手:YSS 12.05
先手の持駒:角 歩三
手数=65 ▲3六銀打 まで
激指の明確な敗着はここでの△27香成。本譜は以下▲同銀△49角に▲28歩、が薄いようで好手で
△38角成に▲同銀で後手の切れ筋がはっきりした。
先に△49角だと以下▲39飛△27香成▲同銀△同角成▲28銀△38銀▲27銀△同銀成▲28歩△38銀、など
かなりもつれる展開になったと思う。(穴熊特有のこうした持駒交換の長い変化はデータベース化
できるのでは、と後日CSAの例会で話があった。ひょっとしたら可能かもしれない)
寄っていたのか、千日手にされる順はなかったのか、正直私の棋力ではよく分からないが
以下は7年ぶりの優勝の余韻を今から味わうかのような暗い指し回しを見せて完切れにして勝ちきった。
ギャラリーも解説者も最終戦を盛り上げるためにYSSの負けを期待していたが、
機械にそんなファンサービスをする余裕はありがたいことになく、あっさり6連勝で優勝は決まった。
第7試合 IS将棋戦
優勝を決めた後の最終戦。
相手は今までに何度苦汁をなめさせられたか、宿敵のIS将棋。
意外にもISはここまで既に3敗しており、負ければシードはおろか6位ぐらいまで
転落する、という状況であった。対してYSSは消化試合。
ここは武士の情けで緩めてやろう・・・などとコンピュータが考えるわけもなく、
私自身も昨年のGPWで棚瀬、鶴岡、両氏に
「次回の選手権ではこの3人のうち誰かは6位ぐらいに転落しますよ」などと
自戒も込めて話した際に返って来たお答えは
「そんな順位考えたこともありませんから」と一笑に付されるものだった。
私自身の、シードがちょっと抜けて強いかな、というイメージから出た発言ではあったのだが、
「こいつら危機感足りねぇんじゃねぇか!?・・・それとも『まぁ落ちるのはYSSでしょうけどね』
という危惧を見透かされてしまったか・・・」などといっそう不安になってしまった。
そんなこともあり、
「よーし、6位に落としてやるぞ。いつもシードで安穏としている棚瀬さんにはいい薬だ」
と残虐なやる気がかなり沸いてきた。
戦型はYSSの振飛車美濃囲いにISの居飛穴。今回、振飛車にした理由は最後まで矢倉の勝率が東大、激指、
双方に対して5割5部程度とたいして上がらなかったせいである。
またほとんどの人は知らないと思われるがComputer Olympiadや
昨年の大会後のISとの練習将棋で振飛車で勝っていたため、ゲンを担いだ、というのもある。
ちなみに東大6と対戦させると、東大が無理攻めをしてきてそれを切らして勝つ、という展開が
かなり多かった。無理攻めで評価が「勝勢」とかなってその後反転するので、評価関数が甘いな、とは感じていた。
今回、最大の変更点はYSSの矢倉が弱いことを克服するために今まで探索前に序盤、終盤の判定をしていたのを
「進行度」を使って探索中に判断するように変えたことである。もっともこれは激指、IS、永世、柿木、など
ほとんどの上位プログラムは既に実装していることではあるが。
進行度の計算方法は、駒ごとに位置による進行度と終盤になった場合の駒の付加点を
いれたテーブルを用意して最後に付加点に進行度を掛ける、というやり方。
進行度は先手と後手に分けていて、最後に合算している。
YSSの進行度でちょっと工夫しているところは、相手の成桂が57に出来ても、銀金角を持っていなくて
相手が歩切れの場合は、逆に進行度を下げている、というのがある。
つまり歩切れだと攻めきれないだろうから、駒得を優先するように序盤に近い評価にするのである。
これはまぁまぁ成功しているのではないかと思う。
さて将棋はYSSがISの飛車先突き捨てをうまくとがめて2筋から逆襲したものの、なぜか中央に転戦して
第11図。ここでは先手のISの穴熊は見る影もなく王様1枚の裸になっている。しかも次の手は▲99玉!
きみきみ、そんな誰もいないところに潜ってどうするんだい?
--- 図11 ---
後手:YSS 12.05
後手の持駒:金 歩四
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香v桂 ・v金 ・ ・ ・ ・ ・|一
| ・v玉v銀 ・ ・v飛 ・ ・v香|二
| ・v歩v歩v歩 歩 ・v桂 ・v歩|三
| ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|四
|v歩 ・ 馬 歩 ・ 歩v銀v歩 ・|五
| ・ ・ 歩 ・ ・v金v歩 ・ 歩|六
| 歩 歩 ・ 銀 ・ ・ ・ ・ ・|七
| 香 玉 ・ ・ ・ ・ 金 飛 ・|八
| ・ 桂 ・ ・ ・ ・ ・ 桂 香|九
+---------------------------+
先手:IS
先手の持駒:角 銀
手数=92 △3三桂 まで
しかしながら、ここから50手ばかり進んだ局面が・・・
下の図。
なんじゃこりゃ!というぐらいに先手の穴熊が完全復活している。しかも馬までおまけつきである。
--- 図12 ---
後手:YSS 12.05
後手の持駒:桂 歩四
9 8 7 6 5 4 3 2 1
+---------------------------+
|v香 ・ ・ ・v金 ・ ・ ・ ・|一
| ・v玉v歩v歩 ・ ・ ・v飛v香|二
| ・v歩v桂 ・ ・ ・v桂 ・v歩|三
| ・ ・ ・ 金 と ・v馬 ・ ・|四
|v歩 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・|五
| ・ ・ 歩 ・ 馬v銀v歩v歩 歩|六
| 歩 歩 銀 金 ・vと ・ ・ ・|七
| 香 金 銀 ・v歩v銀 ・ ・ ・|八
| 玉 桂 ・ ・ ・ ・ ・v龍 香|九
+---------------------------+
先手:IS
先手の持駒:なし
手数=145 ▲5六馬 まで
対してYSSの王様は桂1枚と薄すぎ。
駒得はしているものの王の固さが違いすぎるため、駒を捨てて寄せに行くと、
王手何とか取りの角打ち、とかで駒を抜かれる変化が続出し、敵のじわじわ攻めの前に敗れた。
やはり王の薄い将棋は勝ちにくい。
負けはしたものの、この将棋が中終盤のねじり合いが一番長く、コンピュータの欠点(押さえ込みが下手、
攻める場所が違う)を露呈させて、YSSの将棋の中では一番面白い将棋ではあった。
またこれで3年連続6連勝で優勝を決めて最終戦は負ける、という選手権のジンクスを継続してしまった。
あり得ない事だとは分かっていても、やはりコンピュータも気が抜ける、ということがあるのかもしれない。
9.結果
結果は全勝こそ逃したものの、6勝1敗で第7回以来、7年ぶり2度目の優勝。
これで、2002年の王者戦、2003年の選手権、今年と3回連続で6勝1敗で、しかもその1敗は全て
IS将棋、という天敵としかいいようがない結果に終わっている。(直対では6連敗中)
今回優勝できたのは、激指に勝てたのが最大だが、ISが勝手に転んでくれた、というのが実に大きい。
その上でYSSも下位に取りこぼすことなく勝てたのは運が良かったと言えよう。
過去の選手権全体で見るとISは優勝4回、YSSはこれで2回。去年は3回と2回なら大差ではない、と
思ったが今年はまだダブルスコアである。また、改良をやめてしまったらすぐに抜き去られる、というのも
7年前で痛感している。来年のISの永世選手権保持を再び阻止し、互角に追いつくためにも
また改良し続けて行きたいと思う。
また今回、非常に定跡どおり、長手数進む将棋が多かった。これはYSSの序盤が弱いの自覚しているためで、
早く定跡を打ち切るよりは長く進めて思考時間を稼いだ方がいいか、という思想によるもの。
だが、相手もあっさり同じように進めてきて40手近くまで本の丸写し、という将棋が結構あった。
はっきり言ってかなりだらしない。
一番コンピュータが苦手としている分野を双方、お手軽にお茶を濁して飛ばしてしまおうというのは
滑稽にも等しい。次回からはせいぜい10手程度を限度に打ち切るように変えたいと思う。
また、そうしないと、いつまでたっても進歩がない。
やりたくはないが、読みの手数の早い段階で好型を実現した場合を高く評価するか、現在、探索開始前に
計算している複雑な駒組みの指示(王が寄って美濃囲いにして、さらに高美濃に、といった)を
読みの中でも柔軟に判断させないといけないのだろう。
10.YSSの思考時間の使い方
今回、初めて持ち時間の使い方を真面目に調整してみた。
特に、重要な局面では長考し、簡単な局面ではさっさと指す、というのがある程度
上手くいったのではないかと思う。
論文ネタなのだが、真面目にデータを取るのも面倒なのでここでやり方を書いてみる。
ここで、重要な局面を「もう1手深く探索した場合に最善手が変わってしまう局面」
逆に簡単な局面は「次の最善手も同じ手になる局面」と定義する。
以下は東大、激指相手に20秒将棋で対戦させた約400局、8709手からのデータ分析による。
まず、
基本深さ8の探索をした場合に、最善手が深さ7から切り替わる確率は12.1%
そして最善手が切り替わる条件として統計を取ったのは以下の4つ。
・1番多く探索した手の割合(探索局面数)。
・2番目に多く探索した手の割合。
・最善手を探索した手は1番目か2番目か、(それともそれ以外か、の3通り)
・評価値が前回からどのくらい変動したか。
-1000 < ,-1000<=-400, 以下、-150,-50, 0, +50,+150,+400, < +1000 まで分類。
である。
この結果、最善手が変わる確率が2倍近くなった下の3つの場合にパニックモード、として
2.5倍深く読むようにしている。
「深く読む場合の条件」
1.一番多い手の割合が18%->42%の場合。(ただし一番多い手、2番目に多い手、いずれも最善手ではない)
2.評価値が下がった場合
---> 評価値が-400から0ぐらいで下がった。(ただし一番多い手、2番目に多い手、いずれも最善手ではない)
---> 評価値が-150から0まで下がった(2番目に多い手が最善手の場合)
3.2番目の割合(最善手を2番目の多く読んでいる場合)
---> 3%−33%の場合には深く読むべき 7->8 で22.4%変わる(通常12.1%)
逆に、以下の場合は読みを途中で打ち切っている。
「読みを早く打ち切る場合の条件」
1番多い手の割合(前回の最善手を一番多く読んだ場合)
---> 87%を超えていて、予定時間の1割を使っていれば次の反復にはいかない。例 87%〜90%, では 6/ 153 ( 3.9%)
---> 60%を超えていて、予定時間の半分を使っていれば次の反復には行かない。例 60%〜63%, では 19/ 293 ( 6.5%)
そして、25分切れ負けをシミュレートするために10分切れ負けで
思考時間を2倍、3倍、4倍で、それぞれ500局ぐらい自己対戦させた結果では
時間調整を何もしない版と対戦させて
パニックタイム2倍 勝率0.54
パニックタイム3倍 勝率0.57
パニックタイム4倍 勝率0.48
という結果になった。(持ち時間は長考するだけでなく短縮も含めて)
他の条件は
基本8手、通常13秒で、残り時間によって1手の秒数も減らしている。最後は残り40秒から1秒将棋。切れたら投了。
これ以上の詳しいデータを取る時間はなかったので、選手権では通常40秒、基本深さ9手、パニックタイムは2.5倍、
という数値で臨んだ。これがどのくらい効果があったかは時間があったら検証してみたいと思う。
また、シンギュラー延長を使っているプログラムでは、rootの評価値の突出具合で読みを打ち切ることも
可能ではないかと思う。
11.記念対局
今回も勝又さんが駒落ちで優勝プログラムと対戦してくださる、と聞いて、非常にうれしく思った。
なんと言っても、勝又さんはプロだし、しかも勝って当然?負ければ何を言われるか、で
人間にとっては何のメリットもない片懸賞の戦いだからである。
しかし、大会を盛り上げるため、という理由で対戦してくださった。
(実際、新聞記事は第一にプロに勝った事を報道している。一般へのインパクトとしては
対人間の結果の方が遥かに分かりやすい指標となるのであろう)
しかも横では同じくプロの飯田さんが(恐らくはコンピュータの勝利を期待して)好き放題解説されてるので、
非常に指しにくい状況だと思う。
もし自分がこの状況なら飛車1枚は棋力が下がるのは確実である。
個人的には飛車落ちはおろか、2枚落ちでもまだプロには勝てないだろう、というのが正直なところなのだが。
(これは主に序盤のへぼさに依存する。位取り、といった押しつぶされる評価がコンピュータは
人間に対して著しく劣っているので)
終盤の強さが生きない展開にされると無残な負け方をするはずである。例えば10手かけて歩を一つ進めて、
次に交換して、最後はと金をどかんと作って圧勝、といったような。
典型的なのが1997年に大田学さんと指した二局目の将棋である。お暇な方は盤に並べてみて欲しい。
逆に、2枚で本当に勝てるようなら平手まではすぐに行くような気がする。
さて、対局は飛車落ちの定跡などはまったく入ってなく、2手目から矢倉を基本とした戦型で小考しながら指し進める。
予想外にYSSがまともな形に組んでくれて序盤はすこしほっとした。
勝又さんが切り込んでくる順を選んだ後、YSSが▲75桂と玉頭に打ってからはあっという間に
YSSが寄せて意外にも勝ってしまった。
終わった途端に会場からは暖かい拍手!これはかなり意外だった。1997年にカスパロフがDeepBlueに負けた瞬間の
あの会場の絶望的な雰囲気とは大違いである。これは会場がコンピュータの大会だったことと、まだ人間が
駒落ちなので負けを許せる、ということなのであろう。
12.パーティにて
ばたばたと表彰式が終わって夜はパーティ。
今回はパーティは盛況でした。若手女流も3人も来てくださりなんとも華やか。
私は高橋和さんと壇上で握手までする、という光栄に預かりました。
いやぁー役得ですね(和さんはAI将棋の秒読みを担当してくださってるので)。
毎年、入賞者がコメントを話すのだが、相変わらずあーゆー場所で話すのは苦手である。
こんなに上がり性だったかな、というぐらい目線が安定せずひざが笑ってしまう状態である。
対してKCCの山本さんは毎回実にユーモアたっぷりに話して大人だなぁ、と実感させられる。
氏によると敗因はシード組みが美女をはべらせていたのに対して(高橋和さん(AI将棋の秒読み)、
矢内さん(激指の秒読み)安食さん(東大の秒読み))KCCにはいなかったことだそうで
非常に説得力?がありました。
パーティの最後に鶴岡さんがほんとに悔しそうな表情で「くやしい〜」と言ってくださり
(おそらく激指は今回、かなり自信があったと思われる)この時、勝って良かった〜、と
しみじみ思いました。
この大会はコンピュータの戦いだけど、やっぱり、それを作っている人間同士の大会なんだ、
と再確認しました。コンピュータは悔しがってくれませんからね。
13.つわものどもが夢のあと
選手権の楽しみの一つに全部で10mにはなろうかという一次予選からの星取表、あれを眺めながら
あーだこーだ予想を言い合ったりするのがあります。
そして全部埋まった表を見て上の句をしみじみ思い浮かべるのが何より至福の時間です。
最後に、星取表の作成はもちろん、この大会の運営に尽力を尽くして下さった方々に
本当に感謝します。
今後も真剣勝負が出来るこの大会が続くことを切に願う次第です。
元のページに戻る